くをどんな風に映しとっていたんですかね?」
「偽映鏡って、いったいどんな意味なんですの? あなたと永峯とあの時もそんなお話をしていらっしゃったけど、わたしには分かりませんでしたわ。どんな意味なんですの?」
「ぼくは雅子さんがぼくを見舞いに来てくれるとは思わなかった。雅子さん! あなたはぼくをどうして憎まないんです? どうして恨まないんです? それとも皮肉なんですか?」
「吉本さん! あなたはどうしてそんなことをおっしゃるの? あなたはいまなんでもないんでしょう? 発作を起こすことだって、ほとんどなくなっているんでしょう?」
「必要がなくなったんです。ぼくは永峯という偽映鏡を打ち砕くのが目的じゃなかったんで、雅子さんという偽映鏡を造り替えるのが目的だったから」
「わたしには分かりませんわ」
「ぼくのいちばんに愛していた人は、雅子さん、あなただったんです。それは知っていますね。同時にぼくのいちばんに憎んだ人もあなただったんです。しかし、偽映鏡というやつはおかしなやつだ。世の中のものをなんでも歪めて映しているんだ。あの偽映鏡め! そして、ぼくにとうとう病人になることを教えやがったんだ。いや! 病人の真似をすることを教えやがったんだ。あの偽映鏡め!」
 吉本はそれだけを、叫ぶようにして言って、俯《うつむ》いてしまった。
「吉本さん! あなたはわたしを悲しませようと思って、永峯を殺したんですの?」
「あなたはぼくを愛しているんですか? 憎んでいるんですか?」
「わたし、お気の毒に思っているだけですわ。憎んでいて見舞いに上がるわけはありませんもの」
 彼女はそんな風に言いながら、持ってきた菓子などを風呂敷包《ふろしきづつ》みの中から取り出した。
「ぼくがあの偽映鏡に、病人になることを教えられたばかりじゃないんだね。あの偽映鏡め、いろいろなことを知っていやがる。雅子さんは世の中を偽映鏡に譬えて考えたことはないんですか? 一度考えてごらんなさい。面白いから。……ぼくを病人だなんて……だれが……」
 吉本は長く伸びた髭の中で冷ややかに、寂しそうにして微笑んだ。



底本:「恐怖城 他5編」春陽文庫、春陽堂書店
   1995(平成7)年8月10日初版発行
入力:大野晋
校正:曽我部真弓
1999年5月24日公開
2005年12月24日修正
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