んなら、行くときにも、宅へ来て、宅の裏から出て行ったらよかない?」
「そうね。それがいいわね。今度そうさせてもらうわ。」
 房枝はまた赤い緒の下駄を手にしてその部屋の中を横切った。

     四

 煉瓦の塀に沿うて泥溝《どろどぶ》の流れが淀んでいた。鼠色の水底を白い雲のようなものが静かに潜《くぐ》って行く。そして水面には襤褓《ぼろ》切れや木片などが黒くなってところどころに浮いていた。その間からアセチリン瓦斯《がす》がぶくぶくと泡を噴いた。泡は真夏の烈しい陽光《ひかり》の中できらきらと光ったりしては消えた。煉瓦塀の中の工場から流れ出したアンモニアの臭気がその泥溝《どろどぶ》の上へいっぱいに拡がり漂っていた。泥溝の複雑な臭気の中から特にも激しく。――房枝は二階の窓からいつまでもその泥溝の流れを見おろしていた。
「本当にどうしたんだろうね? どこへ行っているんだろう?」
 婆さんは言った。婆さんは退屈になって来たのだ。房枝は泥溝を見おろし続けていた。
「一緒に来いって言うから、こうして来ると、どこへ行っているんだか、まるで帰って来やしないじゃないか。いったい、何時間待たせるつもりなんだろ
前へ 次へ
全16ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング