―まあ、あがって、押し入れにでも這入っているさ。」
「同志! 有り難う!」
青年は泥靴を脱ぎ捨てて風呂敷包みを持ったまま押し入れの中に飛び込んだ。彼は泥靴で畳の上に大跨《おおまた》の足跡をしるしてから押し入れの前に火の無い火鉢を押してやった。そして房枝に雑巾を持たせて掃除を仮想させ、自分は火鉢の前に坐った。間もなく白麻《しろあさ》の背広の男が玄関を覗《のぞ》き込んだ。
「おいッ! てめえも、他人《ひと》の家の座敷の中を泥足で駈《か》け抜ける気なのかい?」
彼は怒鳴りながら立って行った。
「いや。――今の奴は、駈け抜けて行きましたか?」
「ふざけやあがって、この泥を見てくれ。」
「――それで、どっちへ行ったでしょうね?」
「そんなこと、知るもんか。いったい、てめえら、なんてまねをしていやがるんだい? ふざけやがって。」
「…………」
男は一枚の名刺を彼に渡した。
「あ、そうですか。それはそれは……」
男はすぐ出て行ってしまった。彼は微笑みながら火鉢の前に帰った。
「帰ったよ。出ても、もう大丈夫だ。」
「どうも、おかげさまで……此方《こっち》だって、本当に食えないからやっているのに
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