一緒に伴《つ》れて来るといい。明後日来るとき。」
「今日ぐらいの時間でいいんですか?」
「ああ、いいよ。」
彼は畳の上にばたりと腕を匐《は》わした。
「房枝さんは、実に綺麗な手をしているね。」
彼は言いながら房枝の手を執《と》った。
三
房枝は雇われて行った家を裏口から出た。そして裏口から小母さんの家に這入《はい》った。小母さんはいつものように濃彩色《のうさいしき》のクレエム・ペエパァを切っていた。
「ねえ。小母さん! 泥棒でも、なんかこう、泥棒の勤める会社、というようなものがあるのかしら? 少しおかしいわね。」
「泥棒の会社? そんな馬鹿なものがあるもんかね。」
「だってね。小母さん! あの人はね。そら、お隣のお隣の、あの人は……」
「今日もあそこだったの?」
「そうよ。――ねえ。小母さん! あの人は、出張して来たって言ったわ。だから、会社のようなところでもあるのかと思って。」
「あの人の出張って、どこか遠くへ泥棒に行ったことを言っているんだよ。」
「あら! それを出張っていうの? なかなか洒落《しゃれ》ているのね。――でも、小母さん、掏摸《すり》なんかには、なんかそんなところがあるそうじゃないの?」
「掏摸のことは知らないけど、併し泥棒会社だなんて、そんなものはないだろうよ。個人経営なんだよ。例えあったって、あの人はそんなところへ勤めて働く人じゃないよ。あの人はとても物事のわかっている人なんだもの。――つまり、そんなところへ関係すると、働きもしない奴に、頭を刎《は》ねられるだろう? それが馬鹿らしいというのさ。あの人に言わせると。――ねえ、房ちゃんも、あんな皺苦茶婆《しわくちゃばあ》さんに頭を刎ねられているよか、自分で、個人経営にしちゃったらどう? 五割も六割も頭を刎ねられて、馬鹿馬鹿しいじゃないの?」
「馬鹿馬鹿しくたって、わたし、そんな交渉は出来ないんだもの、仕方がないわ。――でも、いくら職業《しょうばい》だからって、随分変なものね。雇いたいっていう人があるって、お婆さんが伴れて行ってくれるから、どこへ行くのかと思って従《つ》いて行って見たら、自分の家の前を通ってさ、あの家じゃないの? ――いくらなんでも、自分の家の近所へ行くのだけは厭だわ。」
「だから、何もかも、自分でやったらよかない? 呼ばれて行ったとき、呼んでくれた相手の人がいい人
前へ
次へ
全8ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐左木 俊郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング