って来る分に、何だって同じことさ。自分の好きなことばかりしていちゃ、お金にならないんだから。」
「それでは、わたしなんかも、肩身を狭くしていなくたっていいわけね。――じゃ、威張って帰るわ。」
 房枝は赤い緒の下駄を持って、裏口から表玄関へ座敷の中を横切った。
「もう帰るの? 遊んで行けばいいのに……」
「こうして、小母さんの家から出て行くと、誰が見たって、小母さんのところへ遊びに行っていたのだと思うでしょう? ねえ!」
 彼女は格子戸《こうしど》に掴まりながら朗かに微笑《ほほえ》んで出て行った。

     二

 房枝は三日過ぎると、また同じ家に雇われて行った。その家は四十前後の独身の男の世帯であった。洗濯物が二三枚あった。家の中は三日前に掃除して行ったままで別段に汚れてはいなかった。併し彼女は一通り形式だけの掃除をした。
「休んでおいで。掃除なんかどうでもいいんだから。」
 彼は腹匐《はらば》いながら言った。
「まあ、そこへお坐り!」
 読みかけの雑誌を伏せて彼は命令的に言った。
「でも、ちょっと、掃くだけでも……」
「別に汚れてないんだから、いいんだよ。まあ、お坐り、そこへ。」
「では、これを置いて来ますから。」
 房枝は箒《ほうき》を片付けてから、身繕《みづくろ》いをして二階へまたあがって行った。彼女は男から三四尺ほど離れて坐った。そして薄く白粉を掃いた顔をうちむけた。
「房枝さん! ――房枝さんって名だったね? 一昨昨日《さきおととい》、あの婆さんから、幾らもらったかね?」
「五円でしたわ。」
「五円? じゃ、儂《わし》が渡した半分も、おまえの手には渡ってやしないんだね。――本当に五円だけなんだねえ?」
「え。本当ですわ。」
「あの婆め!そんなぼり[#「ぼり」に傍点]方ってあるもんか。――儂《わし》は出張して来たばかりで、手許《てもと》に少し余計にあったもんだから、拾円でいいというのを、おまえに余計やってもらおうと思って、拾五円やって置いたんだ。それを五円きり渡さないなんて……」
 憤慨したようにして彼は言った。
「房枝さん! どうだ! これから、あの婆さんを仲に立てないで、直接にしようか?」
「でも、紹介してもらっていて、そんなことしちゃ……」
「悪いことなんかあるもんか。――じゃ、とにかく、今度来るとき、儂が一緒に来るように言ったからって、あの婆さんを
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