ところで、いまの状態じゃ無駄じゃございませんか? ……それよりも……」
「無駄かもしれん。しかし、わしにはわしの考えがあるで、さっそく拵えてくれ」
前田氏は怒ったようにして言って、手にしていた葉巻の灰を落とした。
「……では、職工のなんでしたら、安物でいいわけですなあ」
「むろん安物でいい、一日で済むものだからなあ。だが、同じ色で、同じ模様で揃《そろ》えてもらいたい。それから同じ仮面を七十、同じ草履を七十。まあ、同じ仮装を七十人分揃えてもらいたいんだ。大急ぎでなあ」
「どんなに急がしても、五、六日はかかると思いますが……」
「それは仕方がない。ただ、その出来上がる日が決定したら、すぐ工場のほうへ、何月何日《いついつか》に早朝から花見をするということを言ってやっておいてくれ」
前田氏はそう言って、何事かを深く考え込んだ。
前田鉄工場は前田弥平氏の単独経営で、小さなものだった。しかし、そこには前田弥平氏の専制的な独裁が布《し》かれていた。彼の一存で、その工場の待遇制度はどんなにでも変えることができた。それだけに、こんどの争議は解決に骨の折れる感情の縺《もつ》れになってきていた。
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