田鉄工場! それに対していかなる手段を取るべきか? 彼はその対策に迷った。
 しかし、ある一つの細胞は外部からのより大きい反対の力が加わらない限り、しだいに生育し膨張していくに相違ない。前田弥平氏が思い悩んでいる間に、嵐の暗雲はしだいに近づいてきた。前田氏はその時初めて、自然律を否定している自分に気がついた。
 ちょうどその時、前田氏の広い庭園の一隅で五、六本の山桜が開きかけていた。
「よし!」
 彼はその窓から、開きかけている山桜を眺めながら叫んだ。そして、彼はすぐ河本《かわもと》老人を呼んだ。河本老人は前田家の雑事のために、毎日彼の家へ通ってきている海軍上がりの老人であった。
「河本! すぐ花見の着物を注文してくれ。すぐだ!」
「花見の着物? それは珍しいことですね。しかしいろいろ種類があるでしょうから……」
「どんなんでもいい。どんなんでもいいんだ。とにかく、至急六、七十人分|拵《こしら》えさせてくれ」
「七十人分? 七十人分もどうなさろうというんです? お花見の着物などを?」
「職工どもに花見をさせてやるのだ。職工はたしか六十二、三人だったなあ?」
「しかし、職工に花見をさせた
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