きた。賢三郎は布川を自分の書斎へ通させて、そこで会った。
「やあ! しばらくじゃないか?」
「しばらくです」
布川は油の染みた背広を着ている。それはところどころ破れてさえいた。
「その後どうしているね?」
「このとおりです」
「運動をやっているんだね」
「やっているんです。それで、今日はお金を寄付していただこうと思ってきたんです」
「どこかに争議があるのかね?」
「あなたにも似合わないことを言いますね。争議なら、いつだってどこにもありますよ。しかし、今日はその争議の費用を頂きに来たわけではないんです」
「何をする金なんだね?」
「職工たちに仮装観桜会を開いてやろうと思うんです」
「今年もかね? きみ! いつもいつも柳の下に鰌《どじょう》[#ルビの「どじょう」は底本では「とじょう」]はいないよ。いったいどこの工場だね?」
「前田鉄工場です」
「前田鉄工場?」
賢三郎は怪訝《けげん》そうに顔を緊張させて、その皺《しわ》の中に恐怖的観念を畳み込んだ。
「そんなにお驚きにならなくてもいいですよ。わたしはあなたをどうしようなど思っていないんですから。ただ、お金を頂ければいいんですから」
「ぼ
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