によって豪奢《ごうしゃ》な生活を構えている前田賢三郎を見ると、彼らは当然要求すべきものを要求せずにはいられなかった。
前田賢三郎は工場主として、職工たちのその要求を当然のものとすることができなかった。彼は彼自身、職工たちに対して相当以上の理解のある工場主であることを信じていた。そして、彼は職工たちに対してできるだけの待遇はしてきているはずだった。工場主としての自分のそういう気持ちを知らずに、なおこのうえに要求を重ねようとしている職工たちの貪欲《どんよく》を思うと、賢三郎は意地でもその要求を退けてやりたい気がするのだった。
前田賢三郎はその対策についていろいろと考えた。書斎の前の露台に籐《とう》の長椅子《ながいす》を持ち出させて、その上に長々と寝そべりながら彼はその対策を考えつづけていた。
彼の白い手に挟んだ高価な葉巻からは、青白い煙が静かに立っていた。そして庭の隅の、五、六本の山桜はもう咲きかけていた。麗《うら》らかな懶《ものう》い春であった。その麗らかな自然の中で、相闘っている一方の人間が充分の余裕をもってその対策を考えているのだった。
そこへ、しばらくぶりに布川が彼を訪ねて
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