こも》ることができそうだったからである。娘の弥生子もまたそれには賛成だった。が、養子の賢三郎はそのことにはどうしても賛成しなかった。
賢三郎には、前田鉄工場を模範工場にしたい野心があった。従来のいわゆる模範工場ではなかった。彼は彼の中の理想の世界の一部を、その工場に移したいのだった。それは困難な道に相違なかった。しかし、賢三郎の若い野心は新しい時代の社会の要求として、自分の目に映じたその世界をそこに実現してみずにはいられない希望に燃えるのだった。
そして、賢三郎はこれまでの書斎の生活を離れ、若い工場主として実生活への第一歩を踏み出すことになった。
ちょうどそのころ、これまで前田家の書生としてそこに寄食していた布川もまた、賢三郎と同じように実社会へと乗り出していくことになった。
「とにかく、ぼくは生命《いのち》を投げ出してやってみようと思うんです」
布川はそう、賢三郎に向かって言うのだった。しかし、彼には別に自分としての特別な意見があるわけではなかった。彼のそれはただ、賢三郎の常からの言葉を実行に移そうとしているに過ぎないものだった。
「まあ、どこまでやれるか、やってみるんだね。
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