ぼくはきみの情熱を尊敬しているよ。とにかく、ぼくの目指しているところときみの目指しているところは同一場所なんだからね。ただ、その場所へ行くのに、表からと裏からと、その行く道が違っているだけなんだ。大いにやろうじゃないか?」
「ぼくはやります。ぼくは生命を投げ出してやります」
「しかし、前にも言ったことがあったように、テロリズムだけはその場をよく見ないと馬鹿《ばか》らしい犠牲に終わるからね」
「ぼくだって、それは充分考えています。運動のほうへ入って、とにかくぼくはこれからひとつやってみますから」
 そして、布川は前田の家を出ていった。
 布川のそれからの生活は、工場労働の不平不満を背負うという生活だった。それは白熱している鉄塊に、裸の身体を打ちつけるような生活であった。
 しかし、布川はそれに耐えていた。

       8

 靄! 靄! 靄!
 靄の日が続いた。胡粉色の靄で宇宙が塗り潰された。そして、その冷たい靄ははるかの遠方から押し寄せてくる暖かいものを、そこで食い止めていた。くい止めて吸収していた。
 靄の中で桜の蕾が目に見えて大きくなっていった。人間の感情もまた、その靄の中で大
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