くはそして、その犠牲になったテロリストの犠牲に対して、報いるだけのことをするね」
 その時、その部屋のドアをだれかがノックした。
「どなた?」
 賢三郎は顔を上げて言った。
「わたしよ、入ってもいいこと?」
 ドアが外から開いた。入ってきたのは賢三郎の婚約の令嬢、弥生子であった。

       4

 朝は深い靄のために鈍色《にびいろ》に曇っていた。
「晴れる晴れる。大丈夫晴れるよ」
 仮面の男が街頭の空を見上げて言った。
「花曇りさ」
「青空が見えてきたよ」
 同じ仮面の男が言った。
 前田鉄工場の仮装観桜会に行く、前田鉄工場の職工たちであった。
 集合場所は新宿《しんじゅく》の駅前になっていた。同じ仮面をつけた同じ仮装の人間が、その住宅から三人五人ずつ連れ立って集まってきた。最初はその声色や身体《からだ》の恰好《かっこう》で、仮装の中に包まれている人間がだれであるか判然と分かった。しかし、それがしだいに多く合流していくに従って、だれがだれであるか全然分からなくなっていった。
 新宿の集合場所には、工場主前田弥平氏が早朝から行っていた。彼は家族の者にも職工たちと同じ仮装をさせて引き
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