が、それもできなかった。
「父ちゃん!」
 できるだけ大きい声でそう父親のほうへ声をかけようとしたが、腹に力がなくて、声は出なかった。
 鶴代は仕方なくじっとしていた。そして父親の呻り声を聞こうとした。しかし赤ん坊の泣き声がうるさいだけだった。その泣き声をただうるさいうるさいと思っているうちに、彼女はまたうつらうつらとしてきた。
 彼女が父親の死んでいるのを発見したのは、その翌日だった。しかし、彼女はまだ起きて戸外へ出ていくことはできなかった。それに、彼女の家はただ一軒、藪《やぶ》の中にあった。そして、彼女の家からいちばん近い農家まで行くのに、三、四町(一町は約一〇九メートル)はあった。
 彼女が父親の死んでいるのを、自分の家からいちばん近いその農家まで知らせに行ったのは、それから三、四日も経《た》ってからのことであった。

     6

 吾平爺の死体は村役場の手で始末されることになった。死因は伝染病らしい疑いがあるからだった。その便所に多量の血便らしいものが捨てられてあったので、赤痢に相違ないというのであった。
 しかし、村には火葬場がなかった。伝染病患者の死体を遠くの火葬場まで
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