犬は必死になつて人間に飛びかかる。けれども人間の手には得物がありますのでぢかに飛び付けない。頭の上を飛び越すのです。人間は低いところに居て犬の飛ぶに連れて犬に背を向けないやうにくるくる方向を轉換して居れば可いのですが、流石に人間は目をまはすやうな回り方をしませんので、卻つてしまひには犬の方が疲れて目が眩んで來るのです。勿論人間は一人も喰ひ付かれたものは無く、岩角で擦剥いたり茨で裂かれたりした傷位をお土産にして歸つて盛宴を張るわけです。
 佐渡の牛は本來のものは黒牛ださうです。雜種はすべて南部牛と言つて居りますが、繁殖の方法も放牧中の自由に任して人工的方法を用ひないのですから、全島を通じて同じ樣な體格になつて居ります。第一に眼につくのは全體の小柄なこと、胸に垂れ下つた皮の無いこと、腹から腰へかけてことに引きしまつてゐること、足の早いこと。よほどの急な勾配を平氣で上下して居ります。
 時には潮の引いた淺い海を渡つて岸近くの島に渡つて夕方になつて歸れなくなつて陸の方を眺めて鳴いてゐるのもあります。時には突き出した崖から谷底に滑り落ちて死ぬのもあります。持ち主に知らせるにしても斷崖は上れません
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