を迎へました。
 然し斯う言ふ氣持の好い日がからかふやうに顏を出した後に峻巖な冬が續くのです。霙と霰と雪とが代はる代はる風に吹かれて窓を打ちます。沖となく岸となく荒れ狂ふ白浪は、今まで吹き付ける白いものの途絶へた隙から見えてゐたと思ふと見る見るうちに吹き散る雪や霰で見えなくなります。ただがうがうと荒れる浪の音ばかりで、岸で碎ける浪のしぶきと粉になつて散る雪とが交つて、町全體の屋根にかぶさります。濱が一面の怒濤に覆はれて濱深く立つた家の土臺の石垣を洗ふのです。
 斯う言ふ日に早く暇を得た時には私は山に登りました。
 相川といふ町は、町家と鑛山の熟練職工と漁夫との家が崖下の荒磯の上に海に沿つて一里近く竝んでゐるのと、之と丁字形に山の一つの尾の上に長く延びた邸町と鑛夫部屋とから出來てゐます。私の最初着いた時の家もその後荷物が來てから移つた家も磯に立つた部分の町なのです。最初はとにかく構はずに長靴でスヱツタ着て頭巾にもなる帽子をかぶつて出掛けました。山の上の町をはてまで行つて奉行時代の廣大な町の跡を見て驚きました。一里近くの山奧に石の垣の遺物があり墓石ばかりの寺の跡があります。この山の尾の北の
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