る細長い土地などでは少しは積もるさうですが、國中から峠を越して北部の斷崖がぢかに海に接して居る海岸一帶の地は風當りの強いため一向積もらないのだと言ふ話、それに驚く程の暖い日が三日乃至九日置き位の寒い日の間を點綴して二日乃至四日位續くので折角降り積みかけた雪もだらしなく溶けてしまつてびちやびちやの道を作るのです。暖い日には風は死んだやうになくなります。此間です、人が日光を羞明しい樣な白雲の間から見られるのは。秋にも見られない樣な澄んだ月が溶け殘つた雪を強く照らして暗い電燈の點つた部屋の中へ射し込みます。小春日の樣な暖さは夜の夜中まで島を包んで放しません。少し長く日の射してゐる時には上着を寒中に脱がさせられるのです。海の浪も此暫の息繼の期間だけは音を低くします。船が通ふので東京から便が一塊りになつて來ます。すぐ後から來る寒さと暗さと嵐との豫想が心の上に重い壓迫を加へてゐるにしても、岩屋から岩屋へ移される囚人の喜びを感ぜずには居られません。
 良人の旅に出た留守に初めてその愛を感じる妻のやうに、私は太陽に對して今まで無頓着であつた自分の心が恥かしくなりました。初戀のやうな心持で太陽を求め太陽
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