重いので佐渡へ歸ると言ふので私より三日ほど前から宿についてゐると言ふのがありました。
 東京ではやうやく麥藁帽子を脱ぎ捨てたばかりなのが此方は外套を二枚重ねて着てゐる、ストウヴを焚いてゐる。十分に寒さの用意はして來たつもりでも肌着や洋胯下や靴下が冬支度でないので風を引いてしまひました。オウヴアシユウズは誰もしてゐない。此邊では長靴でなければ駄目だと高等學校の八田さんの話、眞つ直に降る雨は見られないと言ふ事でした。
 暴風雨のあとの海を渡る船は高さと長さと同じ位に見える黒い汚い船でした。二等にはとても乘れたものではないと言ふ佐渡の人の忠告に從つて一等に乘りましたが、一等室の天井は低くて立つことは出來ず、客は這ひ込まねばならないのです。ボウイに命じて上沓の入れてある包を取り寄せさせようとしましたがとうとう持つて來ませんでした。夏靴下一枚の足が冷えて堪らないのと荷物のやうに詰め込まれた部屋の中の空氣が厭なので甲板の日の當る處に出て居りましたが、その中手擦から浪の上に白いものを吐く人を見て、その前からむかむかし出してゐた胸が我慢出來さうもなくなつて來たので、周章てて船室に這入りますと、ただでさ
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