始めて生き殘つてゐる[#「生き殘つてゐる」は底本では「生き殘のてゐる」]部分から芽を吹くのです。本當の新芽から出る花や葉は實際に新鮮な色をして居ます。
 紅の花が濟むとたんぽぽ、きんぽうげ[#「きんぽうげ」は底本では「きんぽぽうげ」]、その他名の知れない黄色の花が咲きます。
 それがすむと藤と桐との紫です。紫の花が咲き揃ふときは新緑がやや深くなりかけた時です。
 それから六月。眼まひのしさうな強烈な日光。黒い上一面に鼠色の泡を吹いてゐた海がいつの間にか藍色に染まつてゐる。山の急な斜面と海の平面とで作つた狹い空間に有らむ限りの日光を直射させるために、よろひの胸板のやうに平板な緑が空間のエエテル全部を荒い振幅で捩動させて居るので、何方を見ても景の遠近がなく總べてが生の色で人の顏を打つ。
 午前は凡ゆる陰が紫、午後は代赭色になる。午前の濃い藍色の海は正午にほんの僅磨き上げた鋼鐵の色を呈するだけで直ちに白緑とコバルトとロウズマダを流し合はせたやうになる。三つの色が絶えず右に流れ左に流れて交化する。岩の多い海藻の種類に富んだ海は岩と岩との間を黄に染め赤に彩り緑に染める。錨山の金鑛を碎いた水がその
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