ります」は底本では「なるます」]。雨になるに連れて降る時間が一日の中の僅な時間だけになります。そして一日の中の何時間かは必ず日が照るやうになります。五月に入るとからりと晴れた日さへ見られることがあります。雪割草の淡紅から深紅乃至紫までの花が谿間に咲きます。次に岩鏡の紅色の房が艷艷した葉を覆ふやうにして咲きます。あまどころ、えんれいさう、その他名の知れない森林植物が咲きます。少し注意深いものには容易く雙葉葵の葉蔭に芳つてゐるのを發見することが出來ます。
死んだやうに成つてゐた櫻や梅が急に芽を出して花を咲きます。東京の植物は落葉の時に既に小さな芽を落ちた葉の痕に持つてゐます。相川の植物は急激に襲ふ寒氣の爲に樹の表面は盡く死んでしまふものと見えて、冬を通して風當りのない谿間ではその葉を落としません。腐りもせず、落ちもせず恐らく黄葉もしなかつたらうと思はれる形で、青葉の儘毒を注射されでもして死んだのではあるまいかと思はれるやうに、その儘の形で枯れて枝についてゐるのです。恐らく堅い甲冑を着けてゐない枝の先は表面の皮の底まで通る寒さのために枝ごと死んでしまふのだらうと思ひます。どの樹も春になつて
前へ
次へ
全20ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
江南 文三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング