て自殺説は全然成り立たない以上、此の事件には必らず犯人がいなければならないのだし、その容疑者としては君達二人、そして機上から姿を消した綿井氏の以外にはあり得ないのだ」
 アリバイ! アリバイ!――池内の頭は混乱した。一体あの狭い空の上の機内で、如何なるアリバイが成立しようと言うのだ! が、その時突然に、天の啓示のように、池内の頭に閃いた素晴らしい考えがあった。
「署長! 私には立派なアリバイがあります。私はD飛行場を発してH飛行場に到着する迄、あらゆる沿線の模様に注意を払って来ました。何時何分頃には何処を通過し、そこは如何なる様子を呈していたか、瞭り申し立てる事が出来ます。これは一分でも座席から離れていたのでは不可能な事です。私は絵巻物をくり拡げるように一分間分のブランクもないように、沿線各地点の模様を述べましょう。そして私は、それを一々各地に問い合わせて、供述の真実であった事を立証させて頂けたら倖《さいわい》だと思います」
 係官一同は、池内の立場として、そうした要求をする事を不当だとは認めなかった。池内は別室で細々と、航路から見た下界の模様を逐一よどみなく申し立てた。幸い当日は曇天
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