にあったので、その事を、此の顔を合わせた機会に一応口にしてみようと考えたのです。所が、私が客室に行きますと、幸か不幸か今一人の客、綿井氏が便所にでも行ったものと見え、いないのです。で、つい周囲に気兼ねもなく、秀岡にひらき直って話し出したのでしたが、秀岡は案の定、私の昂奮をせせら嗤《わら》うのみで、ろくに相手にもなろうとしないのです。そんな事がつい、私の気持を煽り、脅迫めいた事を言わせる事になったのです」
「ハンマアで撲《なぐ》り殺すぞと言ったのか?」
「違います。――其麼あく迄我々に対して悪魔のような態度をとるなら、こちらも悪魔になってやる。幸い貴方は血圧が高いし、心臓が弱いから、機を四千米ばかりに上げて、貴方を高空病にかからせて命を取ってやる、と脅かしたのです。そこへ便所から綿井氏が出て来たので、私は操縦席へ帰ったのです」
 ――三枝の答弁には淀みが無かった。然しその供述を立証する何等の証左も無い事は、如何とも出来なかった。係官一同は、錯綜した事件の外貌から、出来得る限りの真意を掴み取ろうと考え、次のような可能的な仮説を作り上げてみた。
 A 綿井が加害者である場合
 彼は商業不振よ
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