、以上のように記録されてあったのだ。その二人がまア何と言う事だ、一人はHへ来る途中の高空で紛失して了うし、一人は前額部をひどく打ち砕かれて、鮮血にまみれて死んでいたのだ。
 池内、三枝、両機員はその場からH市警察署に拘引されて取調べられた。事件に就ては全然知る所がないと言った池内に対して、署長はひどく怒った声で言った。
「では君達は飛行中一度も客室には顔を出さなかったと言うのか? 君達の席から全く離れはしなかったと言うのか?」
「不幸にして私は客室を覗く機会を持たなかったのです。私はかえってそれを遺憾に思っている位です」
 池内操縦士は、同僚を庇《かば》うように昂然と言った。が、三枝はすっかり顔色を失って峻烈そのもののような署長の前に、
「いや、私だけは一度飛行中客室へ降りました」と告白せざるを得なかった。
「何の為めに――?」
 訊問官は追撃した。
「便所に行ったのです」
 三枝は顫えた。
「ふん」署長は冷笑した。「では君は、君が犯人でないと言う証拠を提出しない限り当面の容疑者たらざるを得ない。又池内君は、完全なるアリバイがない限り、又被疑者たるを※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1−92−56]《のが》れないだろう」
「アリバイ?」
 池内は愕然とした。
「そうだ、アリバイだ。先ず考えて見給え。事件は空の上で行われた。そしてそこには数百万の人間の中から選ばれた四人しかいなかったのだ。絶対に――。そして誰れも機上の情況を見ていた者はなかったのだ」
「でも私は神に誓って座席から一寸も離れはしなかったのです」
 池内は狼狽した。
「神? だが我々は神にその真偽を糺《ただ》す方法は持たない。兎に角、一人の男は機上から姿を消し、一人の男は惨殺されているのだ」
 そして署長は一枚の紙片を改めて取り上げて読み下した。

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  屍体検案書
姓名  秀岡清五郎
記事  旅客機JXAC客席No.[#「No.」は縦中横]3上に於て、航空中死亡す。屍体を検案するに、致命傷は前額部の一創にして、約拳大に亙《わた》って、頭蓋骨粉砕し、脳漿《のうしょう》露出す。他殺と確定。兇器は重き鈍器にして、被害者の不意を見すまし、激しき勢を以て一撃のもとに行われしものと思惟さる。被害者即死。
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「何と言っても、秀岡氏は他殺されているのだ。被害状態から観
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