た。池内はすっかり自信ある態度で次のようにのべた。
「――今、容疑者は二名います。然し実際の所は三枝は犯人ではないのですが、彼には不孝にしてアリバイがないので証明出来ないでいます。けれど、これを別の方面から推しすすめてみると、或いは自然とそれが証明される結果になるかも知れないと思います。ではどう考えたらいいか? 即ち綿井氏はどうして死んだかと言う事です。署内では第一に自殺説、第二に他殺説となっているようですが、実際に於て綿井氏は自殺する心算《つもり》で飛行機に乗っていたのですし、又金を盗んだとしてはそれが屍体から発見されないのですから、第一の説も考えられない事もありますまい。然し一体自殺するのに落下傘を持ってする人があるでしょうか?」
「なに、第三者が其の男のすぐ後から落下傘を故あって投げたと言えば言えない事はなかろう。その意味から第二の他殺説も有力になるのだ。即ち突き落しておいて、すぐ後から落下傘を落して置くと言う事も、十分考えられ得るからね」
 ――検事の眼には、ありありと、当時の情況がうつる気がするのであった。練習機から見た時には乗客二人は生きていた。がそれから僅か飛んだN原には既に綿井が墜死していた。誰れにも、その僅かの間に、乗客二人を相手とした大格闘が行われたものとは推定され得なかった。乗客二名はどうせ団結していたろうし――。だから、どうしても綿井の死が先であるらしく思われた。もし自殺であるなら、秀岡が知らないでいる間に行われ得るし、他殺にしろ、彼を一人秀岡が知らぬ間に、便所におびき寄せ、そこから突き落すと言う事も不可能事ではない。孰《いず》れにせよ、兇行は邪魔者がいなくなってから、油断をみすまして一撃のもとに行われたものである事は明瞭である。邪魔者がいて、どうして阿麼《あんな》手際よい殺害振りが出来るであろうか。
「然し検事殿」検事の言葉を聞くと、池内は眉をあげて言った。「落下傘は屍体のすぐ傍にあったと言うのではないのですか? 一体あの時、機の速力は時速百二十|哩《マイル》位でした。だから、そうです、秒速にすれば一町ぐらいに当るのです。若し貴方が謂《い》われるように、綿井氏を落して後、落下傘を第三者が投げたとすれば、如何にしても一町や二町、屍体と落下傘の距離は出来なければならない筈なのです。落下傘は確実に綿井氏が携帯して飛び降りたのである事は、後に示され
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