た現場から見て確実です」
「すると綿井氏は自殺でも他殺でもないと言う事になるではないか?」
「そうなのです。私は考えるのですが、綿井氏は自殺する心算でいた事は確実で、飛行中もその飛び降りるべく心を砕いていた、が急な精神上の転化から自殺を思い止まり、その前にゆくりなくも発見していた落下傘を利用し、一狂言演じようとして失敗したのであろうと思います」
「すると君は、秀岡氏殺害犯は綿井氏だと言うあの説なのだね」
「いや、それは一寸待って頂きたいのです」池内は時計を出してみて「もうすぐ、それは他から証明される筈になっておりますから。その報告次第に依っては、私は事件をどう取扱っていいか分らなくなるのですが、多分、期待通り解決はつく事になりはしないかと思います」
「君は、では、孰れにせよ、綿井氏より秀岡氏の方が先に死んだものと解釈するようだね? もし綿井氏の方が先に飛行機からとび降りれば、秀岡氏を殺害した犯人は君の主張によれば、どこにもないと言う事になるからね」検事は鷹揚に池内の言葉を聞き終ると言った。
「いや、綿井氏は絶対に秀岡氏の死より先に機から飛び降りたのではないと考えます。綿井氏の精神を自殺から他へ転向させたのは、勿論、秀岡氏の所持する金が自分の手に握れる立場になった故に違いありません。他に理由のつけようがありませんから――。然し理由もなくどうして秀岡氏が、そんな大金を甘んじて綿井氏に提供するでしょう……」
「では矢張り秀岡氏殺害犯人は……」
――丁度そこへ署員が慇懃に現われた。
「唯今、N警察署から通知がありまして、昨日綿井氏の屍体を発見して届け出た農夫が再び警察に出頭して、自分が屍体の懐中からこれだけの札束を横領隠匿したと自白して、五万円の金額を提出したそうです」
「うむ!」検事は頷いた、池内の顔も難関が取り除かれたように釈然と明るくなった。途端、卓上電話のベル。
「ああそう」検事は電話の相手に応えた。そしてうんうん聞いていたが、不審気な面持で、受話器を池内の方へ渡してよこした。
「P民間飛行場から長距離の電話だ。何だか僕には分らぬ事を言っている」
かわるとそれは斯うだった。――「御通知によって、昨朝飛翔したアブロ練習機を精査してみると、車輪軸に打たれている鋲《びょう》が一個はずれている事を発見した。紛失は昨日の練習飛行の際行われたものである事は明らかである」
「
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