だん屑屋の酔っ払っていくあの経路も本筋で、その酔っていく段どり、呼吸、その間の時間の経過、いちいちツボにはまっていて申し分なかったが、何より近所合壁どこへ行ってもらくだの死を喜ぶ人ばかり多いこと、いかにもらくだという男の常日頃の性行のほどが如実に見せられて結構だった。さらにそのらくだの死を喜ぶ具合が月番、家主、八百屋とそれぞれの身分に応じての差違あるにおいて、まことに「芸」とはかかるところにこそあると思われ、ことごとく私は満足だった。そういっても名花名木に親しく接したあとのような爽やかな満足感にいっぱい包まれて、上々の機嫌で私は大入りの花月を立ちいでたのだった。

 昨日近所の眼鏡屋まで来たと言ってフラリと私の書斎へ現れた志ん生は、談たまたま「らくだ」のことに立ち至った時、先代むらく[#「むらく」に傍点]のそれを説いて、むらく[#「むらく」に傍点]には酔っ払った紙屑屋が湯灌の時らくだの髪の毛を剃刀が切れないとて手で引っこ抜く、そのあと、茶碗酒を引っかけるところで、
「ア、髪の毛がありゃアがら」
 と言って茶碗の中のその数本の長い毛を片手で押さえたままグーッとひと息に煽りつけてしまうくだ
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