されるあたりなど――そう言ってもいい味だった。
 市馬。今は亡き市馬。
 無花果の葉を、煎じて飲むと、自分はひとり市馬を思う。
[#改ページ]

    柳桜のまくら

 その歳晩、私の住んでいた小田原の家の南の窓からは足柄、二子が遠く見え、庭先には、冬をも青々とした竜胆《りんどう》があり、千日菊があり、千日菊にはまん丸い白い花が咲いていた……。
 さてその時の日記の一節には左のようなことがしたためられている。
「金柑の実も、移り住んだ時には真っ青だったのが、しばらく、仄かな黄色に熟れてきた。
 ここのうち[#「うち」に傍点]には、だが、ふつうの竹ばかりで孟宗がないのが憾《うら》みだから、早く、植えたいと思う。
 南天も、今あるような短いのばかりでなく、たわわ[#「たわわ」に傍点]のがほしい。
 山茶花《さざんか》や椿も好きなひとつだ。
 名人春錦亭柳桜の速記によれば、『千利休』のおしえとして、
『樫づんど 若木の柘《つげ》に黐《もち》の森 雪隠椿、門に柚の木』
 また、
『客主人ひかえのあとに集め石 ゴロタ履ぬぎ 鞍馬 つくばい』
 とあるそうだが、石の方まではとても私くらいの年齢で
前へ 次へ
全52ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング