かされていたからだ。
 そのためだろう、薄黄色い、この煎薬の一番無気味な――ともいえぬことのないほろにがさを噛みしめるたび自分は、きっとあの「のざらし」の巧かった市馬を思う。
 顎を突き出して、いつもブツブツ高座で愚痴を言っていたような調子の市馬を思う。
 大向のない、世を拗《す》ねた、しわがれ声で「あら推量!」をよくうたった市馬を思う。牡丹餅の市馬といわれた先々代は三遊亭だったと聞く。それがたまたまこの老いのわが贔屓《ひいき》役者の代になって市馬の名前は柳派へと移籍したのだ。
「ざんぎり地蔵」「へっつい幽霊」「のざらし」「石返し」、さては「猫の災難」と、奇妙に、ひねくれていて巧緻《こうち》なりし市馬。
「バケツの底を拳骨で叩いて、底がすっかり奥の方へめりこんじゃったら、ひっくり返して[#「ひっくり返して」に傍点]用いねえな」と、憎いほどおつ[#「おつ」に傍点]なことを何の苦もなく言ったりした市馬。
 市馬は木村荘八画伯もずいぶんほめていられたが、「石返し」の二度めにそばやの行燈に書き換えたのをうっかり忘れた与太郎が泣き声で「お汁粉ゥ」と言い、「しるこじゃねえや」と伯父貴に剣の峰を食わ
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