」に傍点]のそれのごとく、終始、らくだの兄弟分と屑屋の言動との滑稽の中で発展さすべきである。それでなくても思えば「小猿七之助」以上に陰惨どん底のこの噺の世界は、わずかに彼ら二人の酔態に伴う位置の転倒という滑稽においてのみ尊く救われているのであるから。ということはそっくりそのままお生《なま》にこの噺を頂戴して、不熟な左傾思想をでッち込み、その頃、雑誌『解放』へ何とかいう戯曲に仕立てた島田清次郎あることによっても立証できるだろうと思う。
 それにしても巧い噺家で「らくだ」をやらない人は少なくない。しかしながら「らくだ」のできる人で空ッ下手の噺家ってものは、古来、なかったと考えている。
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    「道灌」と「佐平次」と「火事息子」と
      ――亡き可楽を聴きし頃の手記――

 昨夜の三席は愉しいことでした。三遊亭は、いわゆる寄席でもこの人の持ち味は出ず、研究会(現在の)では会場の関係ではしゃぐ[#「はしゃぐ」に傍点]噺以外後方へ聞こえず、結局この「会」以外、めったに全部の「味」の出きらない、およそ特殊な芸風の人とつくづく昨夜は思いました。昔は定員五十人などと愛すべき寄席が街裏にあったと聞きますが、いしくもその頃の噺家の持ち味をたまたま身につけて生まれてきた唯一の人なのでしょう、そういうこともまた涙ぐましく考えさせられました。同時にいつも十枚二十枚ではダメで、七十枚八十枚と書かなければ味の出ない作家ともいえる。
「道灌」は冬を待つ障子の真っ白な色が見え、おつな隠居所らしくうれしかった。久保田万太郎氏が『さんうてい夜話』で書いていられる野村の村雨《むらさめ》のくすぐりも聴かれ、すべて古風でなつかしいものでした。いろいろ孔明その他の本格な故事のいい立ても、まくらの「道灌」ばかりやっていたため※[#歌記号、1−3−28]道灌(瓢箪)ばかりが売り物(浮きもの)か――なる地口《じぐち》ができたという故人某の思い出とともに結構でした。ただ三枚目《ピン》を叱る時の目が少しこわすぎること、それとこの人は時々せっかくの三枚目《ピン》のギャグをムダに(表現で)してしまうことに新しく気づきました。じつはこの春の「長屋の花見」の時うすうす気づいていたことがさらに今度具象的となってきたのでした。が、まだ、ここをこうしてくれと注文が出せるまで、その難点が的確に私の心の中で構成されていません。もう一、二回、可楽の会へ参じてのちの宿題としましょう。「道灌」や「長屋の花見」のような笑いの多い噺の時、ことに感じさせられる(つまり気になる)点なのです。
「居残り」は私には狂馬楽・盲小せん・先代正蔵の時代を懐かしむ意味で何ともいえないものばかりでなく、この人のは先年もなかなか「品川」が描けていてよかった。今回はまたあの時といろいろちがう演出もありましたし、ことに佐平次が「俺は変わったことをして死んでしまいたいんだ」というような変質的な性格であることはたいへん結構と思いました。変質でいておかしい。つまり今の小半治に肚ができたようなへんな奴だったのだと思います、佐平次って奴は。お客をとりまくくだりの泉岳寺の土産の猪口のくすぐりよく、若い衆がいつも言いかぶされてしまうあたりまたじつに愉しく、これはこの噺そのものも傑されているし、可楽もいい演出をしてくれたのだと思いました。この前は翌朝、戸をあけてフーッと深呼吸をし、磯臭いものを感じさせたが、今度はお台場のことを言って雰囲気を出した。どちらもいい。この次には深呼吸をしてからお台場云々へかかってくれたらいよいよいいと思います。決して両方やってもくどくはありますまい。若い衆をまず芝居がかりで脅かし、また、旦那とかみあう時に同様の手口であるのはどういうものでしょう。芝居口調はやっぱりあとの場合だけ小せん流の「忠信利平」で願いたかった。それにしてもその旦那のヌッと顔をみせるところ水際立ったできだったと思います。若い衆とのやりとりでいっぺん表へ出て行ってしまい、またかえってくるのは狂馬楽あたりにある「型」でしょうか。もちろん、こうやっても差し支えないと思いますが本人の工夫かどうか、三笑亭に訊いてみてください。それから相変わらずさしみだの蛤鍋だの鰻だの(鰻の匂ってくる午下りの女郎屋の景色も巧かった)品川らしい食べ物ばかり並べられ、結構でしたがこの前の時言ったあら煮が抜けた。あれはぜひ加えさせたい、品川という道具立てのために。お引けになった佐平次のところへ友だちが訊ねてゆくところはこの前同様、まことに迫真です。佐平次の長広舌(何回か繰り返す)で「当家へ福の神が」云々は何回も繰り返したが「日の暮れになると坂の上から綱っ引きの車が四台」(故正蔵は自動車でしたが)は一回しか言わなかった。あれは情景の点でもおかし味の点でも、必ず繰り
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