三つちがいの兄さんも――と、重い太皷の鳴り渡るのも歌六がやれば嬉しい。すててこ[#「すててこ」に傍点]を踊る芸人も、二代目|圓左《えんざ》の他にはこの歌六ばかりになったろう、翫之助のではたまらないし。
 それにしても、いつも白い真夏が、しずかにあやしく東京の街へ訪れてくると、いっそう私は歌六の上を思うようになる。歌六のあの姿にはどうしてもぷんと紺の香の漂う手甲姿でやってくる、青い蝮売《まむしう》りを思わせるにふさわしいものがあるからだ!
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きょうのこの日の蝮捕り――
渡りあるきの生業《なりはい》の昨日《きのう》の疲れ
明日《あす》の首尾
[#ここで字下げ終わり]
 と白秋が去りにし日の「蝮捕り」を誦《よ》みつつ、都家歌六の高座を偲べば、こころ、何か、何かあやしく、※[#歌記号、1−3−28]坊主だまして[#「して」に傍点]げん俗させて[#「させて」に傍点]こはだの鮨でも売らせたい――とこんな小唄の必ず思いだされてくるのも可笑《おか》しい。

     昼席

 ――昼席ほど、しみじみ市井にいる心もちを、なつかしく身にしみ渡らせるものはない。
 そういっても、震災前
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