合わせあるためなり。来客中、少し耳の遠くなった宮染さんと話して待っている。お客が帰りだいたい打ち合わせを終えた時青い眼鏡をかけた玄人らしい赤ばんだ顔の中年の女の人が入って来て、心易げにそこの炬燵の中へ手をいれてきた。間もなく私の帰ろうとした時、もうその女の人は隣の部屋でしきりに宮染さんから稽古をしてもらっていた。ハッキリ聞きとれなかったが、「累身《しじみ》売り」のようだった。
ワザと省線巣鴨駅下車。沿線の細い崖っぷちから見番の横のだらだら坂の方を遠廻りして帰ってくる。何となくこの道が愉しめて好きなのなり。「陸橋や師走の山の見えにけり」の句を得た。
帰ると見馴れない男女の草履それに子供の靴、稽古場の電気蓄音器からは志ん生君の「氏子中」のレコードがせわしなく聞こえてきている。この間、馬楽君と南支へ皇軍慰問に行っていた橘の百圓君夫妻とその坊やの来訪なのだった。来年、橘家圓太郎を襲名するについて高座で吹き鳴らしたいと言っていた真鍮の喇叭《ラッパ》、豆腐屋さんが皆献納してしまったので入手困難だとかねがね百圓君が言っていたが、今度留守中に親切な人が手に入れておいてくれ、先日、三カ月の慰問を終え
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