》てられた人と相対しているようでひとり涙ぐまずにはいられない。
桝踊り
もう、何年になることか?
桝踊りというものが寄席に出ていた。
春風亭柳仙という小づくりな年よりの男で、かなり、大きな桝を七つ、高座の真ん中へつみあげては、多彩な着つけで現れて、ひょいと身がるにてっぺんへ飛び上がると、※[#歌記号、1−3−28]一本めには池の松 と、ふところから限りなき扇子をだしては、「松づくし」のひと手を踊った。
それから、もう一度、どろどろ[#「どろどろ」に傍点]で姿をかくして、今度は写し絵の口上にあるような、大きなでこでこ[#「でこでこ」に傍点]の福助になる。そして牡丹の花の開くように、あやしくいぶかしく踊りぬいた。
なんのただ、それだけの、いわれさえなきいろもの[#「いろもの」に傍点]ではあったけれど、「五変化」「七変化」などという、江戸の所作事を見るように、何か、我ら、少年の日の胸ときめかせたものであった。
それにしてもあの柳仙。
この世を去ってしまってから、もう何年になることか?
いや、それよりも残されていった七つの桝は、今頃どこで、昔の主人を憶っているか?
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