桝踊りは、美しいいろもの[#「いろもの」に傍点]だった。

     橘之助

 この頃になってしみじみ橘之助を思い返す。もう東京では人気もあるまいが、しかしあれだけの芸人はいない。――ことに、阿蘭陀《オランダ》甚句の得わかぬ文句。テリガラフや築地の居留地や川蒸気などそんな時代の大津絵や。
 それからこどもがいやいや[#「いやいや」に傍点]三味線を引っかかえてお稽古をする、あれなんぞは、どう考えても至上である。――仄かな瓦斯灯からぬけだしてきたような、あの明治一代の女芸人。だが惜しいとまこと[#「まこと」に傍点]思う頃にはこれまた東京の人でない。

     都家歌六

 私の好きな音曲師に都家|歌六《うたろく》なる人がある。あの哀しげにいろ[#「いろ」に傍点]の黒い、自棄のように背の高い、それから決して美声でない美声[#「美声でない美声」に傍点]とは、珍重するに足ると思う。前の日のまた前の日で、あやしく燃えつきた蝋燭のような、変に侘びしい歌六の高座よ!
 まったく今の寄席へ行って、一番ひしひし[#「ひしひし」に傍点]感じることは、明日の時代に待たるべき音曲師の皆無!なことだ。やな
前へ 次へ
全52ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング