浅草の熊谷稲荷のはなし塚の法会へ出かけてゆきました。いろいろの落語家たち、講釈師たち、野村さん、鈴本亭主人、伊藤晴雨画伯、それに小咄をつくる会の人たちなどに会いました。珍しく二階にしつらえられた本堂で私は、文楽君と並んで座って、ぼんやり読経を聞いていました。芥川さんの何かの小説に「読経を新内のように聴いていた」という一齣《ひとこま》がありましたね。何がなしあれを思い出しながら、ここから見渡される近所の屋根屋根がひどくバラックめいてお粗末なことに腹を立てました。文楽君も同感だと言いました。一時頃帰ってロッパ君の稽古場へ遊びに行こうか富士市へ行こうかと思いましたが、結局どっちへも行かないで宵寝をしてしまいました。この晩浅草へ足が向いていたらあなたにお目にかかれたのでしょう。夜中に三度目をさまし、またすぐ寝ました。いつか雨が降り出していたようでした。

 カラリと晴れたお朔日の朝は、巣鴨駅の方へ散歩に行ってはしなくも吉井先生の『相聞居随筆』を見つけました。発行所へたびたびお百度まで踏んだふた月がかりで待っていた新刊ですから、買って帰るが早いが、貪るように読みはじめました。生田葵山氏の若い時の
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