へ出かけました。バスを棄て、ケーブルを棄てるとしきりに霧が這《は》ってきては私たちを包み、またスーッと遠のいてゆきました。ようやく見晴らし台まで上ったけれど、やはり霧ばかりでなにも見えない。ただしきりに山鳩が啼き立てていました。携えてきた冷酒を飲んだりして、またケーブルカーで引き返しました。続いてバスを待つ間、ひどく土砂降りの雨にあいました。辺りが真っ青に暮れかけてきました。八王子の町へ着いた頃にはもうとっぷりと暮れつくして、この甲州街道の親宿へは、ざんぎり物の書割のように灯が入っていました。何とかいう牛肉屋へ案内されて、ふんだんに牛と、豚を食べました(そうそう、昼間、この町の古本屋でまだ新しい久保田万太郎氏の『東京夜話』、近松秋江氏の『蘭燈情話』など求めました。そこには同じ久保田さんの『駒形より』のたいそう綺麗なものもありましたっけ)。さて、ぐずぐずに酔って、その晩、遅い電車で帰って来ました。
晦日はおかげでだいぶ、頭が治りました。ハガキを書くと少し手が慄《ふる》えたが、もう痛まないだけでも大助かりです。やっぱり八王子へ行っただけのことはあったと思いました。元気で、薄ら日の中を、
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