して、枕許に堆積している原稿紙を風呂敷へ包み、戸棚へしまってしまいました。そうしてただぼんやりと、空に、徒《あだ》に、日々夜々をすごすことに覚悟のほぞを定めました。私のような何かしら書き続けていることのほかに歓びのない男にとっては、これがなかなか苦患なのですが、今度のようにほんのちょっとした雑誌の六号雑記、二、三行読んでもすぐクラクラとしてしまうようなことになっては……。
幸いに二十九日。しとしとと霧雨が煙っていましたが、橘の百圓に頼まれて、八王子へ女房と妹とが防空監視隊の慰問に踊りにゆくことになっていたので、さっそくそれにくっついて行きました。小屋は舞台開きには六代目(尾上菊五郎)がきたといわれる昔の関谷座で、今東宝劇場とかいっています。そこへ駅からまっすぐに乗り込みました。小さい狭い楽屋の窓から裏の空地の梅の木に梅の実が一つ、赤黄色く熟れているのが寂しく見られました。雪の下がいっぱい無風味なほど大きく青黒い葉を繁らせていました。昔、女房と行った鳥取のある小屋の楽屋の景色をふっと私は思い出しました。正午にからだが空きましたので、百圓のやっている撞球店へ帰って来て中食。みんなで高尾山
前へ
次へ
全52ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング