]かっきょの釜掘り、てけれっつのぱあ――は、その先々代立川談志(私は、元より不知。風貌、聞くならく、桂小南に似たりという)の専売だったという。――すると、談志の創作なのか、それ以前にもあったのか、師、吉井勇の話によると、鼻の圓遊もやったそうだ。――今では、東西にたった二人、初代橘家三好(今の三代目圓好)と、大阪にいる橘家小圓太だけだ。
しかし世の中にあんな痛快で得体がしれず、意味が紛花《こか》で、振りがでたらめで、節廻しと太鼓が悲哀の極みで、あやしく美しく所以《ゆえん》なく哀しく、あとからあとから泪のこみあげてくる踊りはない。――あれは、我が寄席がもつ、一番文明の踊りだと言ったってかまわない。
圓好のと小圓太のとは、全然、もってゆき方がちがって、もちろん、圓好の開化な味に比すべくもないが、ムードは両方ともおもしろい。
――私は、まず、あの文句が好きだ、ちっとも意味のなさすぎる文句が!
まず蒲団を畳んで子供のようにしっか[#「しっか」に傍点]とかかえる。鉢巻きをして、扇子を頭へさしかける(小圓太は支那人の意でさらに羽織を裏返しに着る。そしてあと[#「あと」に傍点]のすててこのとこ
前へ
次へ
全52ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング