、べら棒め、鯉かんが上がれっていったって」
よけい破れっ返るような声をだして、
「つもってもみろ、手前にこんなところへ上がられたらせっかく入ってるお客様が皆ずらかっちまわあ。明日ッからこの宮志多亭はな、屋根へぺんぺん草を生やさなけりゃならねえや、このはっつけ[#「はっつけ」に傍点]野郎」
「すみませんごめん下さい」
もういっぺんまたオドオドと詫びた。
「閉めとけ御簾《みす》を。いつ迄でもあと[#「あと」に傍点]のくるまで閉めッ放しにしておけ」
さらに憎さげに隠居はいい放って、
「お前《め》っちが上がるよりゃア御簾のほうがよっぽどまし[#「まし」に傍点]だ」
そのまんまドタドタドタと木戸のほうへと足音荒くいってしまった。
その晩――いい塩梅に間もなく常磐津を語る枝女子という若いおんなが入ってきてくれ、そのあと早目に文楽師匠が入ったので高座は大した穴も開かずにすんだが、中橋に住んでいる文楽師匠の駕籠を見送ったのち小圓太は、いつ迄もいつ迄も細い路次の入口に掲げられた宮志多亭の招き行燈を、ジッと目に涙をいっぱいたたえて睨んでいた。「桂文楽」一枚看板の灯はとうに消されていたが、ひどい空
前へ
次へ
全268ページ中100ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング