がんねえよ高座へ」
「誰がです」
「お前がだよ」
「冗、冗……」
「ほんとだよ」
「だ、だって、そ、そんな冗……」
「上がりなってば、いいから。そのためのお前、イザってときのとっとき[#「とっとき」に傍点]にしておく前座じゃねえか」
「でも私はもう宵に」
 その宵も、あと[#「あと」に傍点]のしんこ細工の蝶丸さんがこないで二席がけたっぷり[#「たっぷり」に傍点]とやってしまった自分だった。
「いいや上がったっていい。何べんでも上がりねえな。何、遠慮があるものか、お前の噺は末があるんだ。俺見込んでこねえだ[#「こねえだ」に傍点]文楽さんにそういっといてやったくれえなんだ」
 ア、この人がいって下すったのか――。
「ありがとうございます」
 傍らの大太鼓へ危うくお額《でこ》をぶつけてしまうほどのお辞儀をすると小圓太は、さすがに嬉しさに胸ときめかせて、
「じゃ、上がります」
「オオ上がれ上がれ。上がりねえとも。いいシホだからこういう深えとこで充分腕を磨きねえよ。その時分にゃ誰か届かあ。じゃ文楽師匠によろしく、な」
 そのまんまプーイと鯉かんはとびだしていった。「ウー寒い寒い」という声がすぐ表
前へ 次へ
全268ページ中97ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング