掻いていた。
「すみません。ですけど師匠、まだあと[#「あと」に傍点]が……」
 困ったように小圓太は俎板のような顔を見上げた。
「分ってるそりゃ分ってるが、こなくても俺はもうこれ以上かかり合っちゃいられねえんだ俺は。こっちはもう仁義だけは尽したつもりだ」
 鯉かんさんはいった。まさしくその通りだった。
「そりゃもうよく」
 小圓太はひとつお辞儀をした。
「じゃ、くどくもいうとおり西の窪の大黒亭へ駈け上がりなんだ」
 駈け上がりとは時間ギリギリに楽屋へ入ってすぐそのまま一服もせず、高座へ駈け上がっていくの謂《いわれ》だった。
「じゃ頼むよ後」
 そのまま慌ただしく行こうとした。
「ア、モシ師匠」
 あわてて小圓太は花いろの道行の袖を捉えた。
「な、何だ」
 立ちのまま鯉かんさんは振り返った。
「困ります師匠に行かれちゃ」
 泣き声をだして小圓太は引き止めた。
「俺も困るよ、お前に留められちゃ」
「お願いしますだから」
「こっちがお願いするといってるじゃねえか最前《さっき》から」
 困って俎板面をしかめたが、
「ア、いいことがあら」
 急に安心したように肯いて、
「上がんねえ」
「エ、上
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