圓太に文楽師匠という存在が、師匠圓生の次にありがたくてならない人におもわれてきた。いつも粋な唐桟《とうざん》ぞっきで高座へ上がる文楽師匠は頬の剃りあと青い嫌味のない色白の江戸っ子で、まだ年はうちの師匠より十も下だろうが、いまが人気の出盛りで、それには下の者へよく目をかけてやるというので滅法楽屋の評判がよかった。噺もまた巧く、「一心太助」だの「祐天吉松」だの講釈種のそれも己の了見そっくりの達引《たてひき》の強い江戸っ子を主人公とした人情噺がことに巧かった。ほんとうに太助や吉松はこんな人物かとおもわせるほどだった。何よりそれには「噺」の線が江戸前で、藍微塵のようなスッキリとしたものを目に描かせた。そのあく[#「あく」に傍点]抜けのした話し口に小圓太は心を魅かれた。
「困ったなおい、俺はこれから西の窪の大黒亭まで行かなけりゃならねえ、もうこれ以上つなげねえんだ」
 ある晩さんざ[#「さんざ」に傍点]つないで下りてきた鯉《り》かんさんがいった。事実「両国八景」を目一杯にやって、そのあと声《こわ》いろまでやって下りてきたこの人だった。俎板のようなぶ厚い顔へとりわけ今夜は寒というのにビッショリ汗を
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