心理はまだ体験していようわけがなかったけれど。いずれにもせよ、声は、次のように呼びかけてきたのだ。
 ……おい小圓太、いいのか、それで。
 ……それでお前、いいっていうのか。今日様《こんにちさま》にすむっていうのか。
 ……おい聞かせてくれ、返事を。ええ、おい、聞かせろってばよウ、その返事を。
 ……おい小圓太、おい、ほんとにお前冗談じゃない、少しは落ち着いて胸に手を当ててよくよウく考えてみろよ、ほんとにお前あの辛かった日のことをおもわないのか、日暮里の寺の、根津の石屋の、池の端の両替屋の、黒門町の八百屋の、練塀小路の魚屋の、そうしてとうとう血を吐いてしまった国芳の家でのあの修業を……そのどの店にいたときも夜の枕を濡らしてまで恋いて焦れて、ようやくなれたこの天にも地にも掛替のない落語家稼業じゃないか。
 ……一体、その日といまと比べてみたら、どっちがいいんだ。
 ……考えて、よく胸へ手を当てて考えてみてくれ。
 ……まさか、もういっぺんあのお寺へ、石屋へ、両替屋へ、八百屋や、魚屋へ、かえりたいとはいわないだろう。
 ……だとしたら……だとしたら……いまのこの辛さくらい、何がどうだという
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