お身を打ち込めばこそのきょうこのごろの耐えがたい不満ではあったのだった。
 いおうなら師匠が少しも落語家らしい生活をさせてくれなかったから。もっと簡単にいえば少しも「芸」を教えてくれなかったからだった。
 いいえ、教えてもくれなければ、やらせてもくれない、馬鹿でもチョンでも橘家圓太郎の忰小圓太という変り種の子供の落語家として、休み休みではあるが七年ちかく高座のお湯の味をおぼえてきていた自分、「待ってました坊や」くらいの掛声はしじゅう掛けられていた自分、振袖を着た高座姿が可愛いとてお料理屋さんへ招ばれれば、折詰と御祝儀を貰ってかえってきたことも一再ではなかったこの自分だった。
 どうだろう、それが――、
 てんで[#「てんで」に傍点]落語のハの字もやらさせてくれないばかりか、きょうこのごろではいままではおしのさんのやっていたろう拭き掃除から御飯炊き、使い走り、そういう落語へでてくる権助のような間抜な役廻りのことばかり、ことごとくこの自分にさせる。
 それでも何でも前座の前へでも何でも上げて喋らせてくれるなら、いやもし高座へ上げてくれないとしても、せめて落語の稽古だけでもしてくれるならば、
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