ばらく仲間の話、席亭の話、取り止めもなく喋りちらしたのち例によってそそくさ立ち上がりながら親父の圓太郎はもういっぺん改まってこう頼んでかえっていった。
 すなわちその日から小圓太は、ハッキリとした二代目三遊亭圓生の内弟子となった。
 内弟子は他に誰もいなかった。おしのどんという縮れっ毛の女中が一人いるきりだった。
 お神さん――。お美佐さんという三十三、四になる美しいがつんとすました背の高い御殿女中風のひとだった。黒襟の袢纏か何かで洗い髪に黄楊《つげ》の横櫛という、国貞好みの仇っぽいお神さんを想像していた小圓太は大へん意外のような心持がした。お美佐さんはこの近くの何とかいう御家人の娘だったのを、何でもこの人でなくてはと、何年か前師匠がいろいろに手を尽して貰ってきた。従ってこんな芸人の住む所らしくもない寂しい四谷なんかに師匠の住んでいることも一にお神さんが下町へ住むことをいや[#「いや」に傍点]がっているせい[#「せい」に傍点]だという。でも、そのときはそんなこと何にもしらなかったから初対面の挨拶をしたとき、お師匠《しょ》さんの圓生師匠とは事変ってまるっきり口数の少ないむしろ素気なくさえ
前へ 次へ
全268ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
正岡 容 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング