おもわれる応対に、いっそ小圓太はさびしいようなものをさえ感じないわけにはゆかなかった。
 でもそんな寂しさ、間もなく本望を遂げて落語家になられたというこのあまりにも大きな喜びの前に、ひとたまりもなくどこかへ消しとんでいってしまった。身体中にはち切れそうないまの喜びは「魂ぬけて」いそいそ[#「いそいそ」に傍点]というのが本音だったろう、全く誇張でなしに小圓太は圓生の住居中をフワフワフワフワ他愛なく飛んで歩いていた。
 やがて日が暮れかけてきた。
 初めて師匠の高座着を風呂敷へ包んだのを首ッ玉へ巻きつけて寄席へ行く供をすべくいっしょに門をでた。仰ぐともう空は縹《はなだ》いろに暮れようとしていた。どこからか秋刀魚焼く匂いが人恋しく流れてきていた。二年前、日暮里の南泉寺の庭で、泣く泣く仰いだときと同じ縹いろの秋の夕空その空のいろに変りはないが、あのときといまとを比べてみたら、ああ何というこの身の変りようだろう。嬉しさに、思わずブルブルと身内を慄わせながら辺りを見廻したら、ほんの僅かの間なのに辺りの金目垣は定かには見えないほどもう薄暗くなってきていた。初めておもいだして腰に吊した小提灯を外し、新
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