一事が万事いかにもあく[#「あく」に傍点]の抜けた芸人々々した処置振《しょちぶ》り――そうした一挙一動一挙手一投足の末まで(親父の圓太郎にしてからがそうであるが――)が、小圓太にとってはいかにもピタリと己の血にかよう何かだった。見ているだけでスーッと胸のつかえ[#「つかえ」に傍点]が下りてきた。どこがどうというのじゃない、いいえそんな理屈でも何でもなくただもうもっともっとぬきさしのならない心の底の底のまた底から、ふるさとの声を聴くおもいがするのだった。
ここに――ここにこそ自分の心の故郷がある。ほんとうにいま何年ぶりかで(ああ何と永い永い年月だったろう、それは)空や水、水や空なる大津渡海《おおわたつみ》へと放たれたこの自分自身だろう。フーッと吸い込むこの部屋の空気のひとつひとつさえが小圓太には黄金白金《こがねしろがね》にもまさるようおもわれた。嬉しくて嬉しくて何べんも涙があふれそうになってきた。だから、だから、しっかりやるんだ、やるともさ、やらなくってよ――とたのもしく小圓太は心に自問自答していた。
「じゃ師匠何分お願い申します、どうかひとつみっちり仕込んでおくんなすって」
ややし
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