でなさい」
まだ圓太郎よりは若く五十には一、二年あるのに胡麻塩頭と前歯の一本抜けているのが年より老けさせて見えるのだろう、鼻の大きな、赤味を帯びた皺だらけの顔をした圓生はキチンと御年始の口上をいうように両手をついて、恭々しく小圓太にまで挨拶をした。
「……」
めんくらってペタッと鮃《ひらめ》のようにお辞儀をした小圓太はしばらくしてソッと頭を上げてみると、まだ師匠はお辞儀をしていた。あわてて小圓太はまたお辞儀をつけ足してしまった。
「そうかえもう十六におなりかえ、早いもんだねえ、ついこの間まで長い振袖を着てヨチヨチ高座へ上がっていった姿が目に見えるがねえ」
いかにも親しみ深げに圓太郎のほうへ省みたが、
「フム、フム……やっぱり高座が……フム忘れられない、いや結構です、おやりおやり、やるほうがいい」
肯きながらスポンといい音をさせて、凝った古代裂《こだいぎれ》の煙草入れの筒を抜き、意気な彫りのある銀|煙管《ギセル》を取り出した。いかにも芸人らしい物馴れた手付きで煙草を詰め、傍《かた》えの黒塗りの提げ煙草盆の火でしずかに喫《す》いつけると、フーッと二、三度、うすむらさきの輪を吹いた。
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