け惜みのようにいつもよりまたいっそう恐しい顔をしていった。
「……」
 とたんにまたいよいよ深くスッポリと小圓太は掻巻で顔を隠した。あまりの事の嬉しさに、かえってきまりが悪いような気がしてきてますますまっとう[#「まっとう」に傍点]にみんなの顔なんか、見てはいられない心持だからだった。僅かにそのかぶってしまった薄汚れた掻巻が、そのとき合点々々するように縦に二つ動いた。とおもったら今度はその掻巻が小止みなしに小刻みに慄えはじめた。そのまんまいつ迄も止まらなかった。
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第二話 芸憂芸喜
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     一



 笹寺の笹や四谷の秋の風 綺堂――絶えずその笹寺の笹の葉摺れが寂しく聞こえてくる、寺続きの横丁に、圓太郎の師匠たる二代目三遊亭圓生は茶がかった風雅な門構えの一戸を構えていた。親父圓太郎に連れられて次郎吉の小圓太は、その句のような秋曇りした一日、はるばる下町からのて[#「のて」に傍点]まで上ってきて圓生のところへ弟子入りした。内弟子としていろはのいの字からやり直すためだった。
「ハイハイハイおい
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