って恐る恐る顔を上げて玄正がこう訊ねた。
「これ[#「これ」に傍点]じゃ」
 言下に節くれ立った手で桐庵先生は、己の咽喉仏のあたりを指した。
「と申しますと」
 重ねて玄正が訊ねた。
「咽喉をつかう声をつかう商売じゃ。それもとりわけ派手なのがよい」
 キッパリと先生はいった。
「……」
 玄正はまた頭を下げた。
「そうさえしたら胸隔がひらく。病気も治る。必ず必ず桐庵、太鼓判を押して請け合う」
 いやが上にも念を押すように、
「さればさ阿父さん同様の商売もよかろう。そのほか遊芸百般何でもよろしい。みなこの病人には向いておるかもしれぬ」
「……」
 さらにまた玄正は低く頭を下げた。おすみもいっしょに。再び顔を上げ、しずかに二人目と目を見合わせたとき、どちらの顔にもいいしれぬ寂しいあきらめのいろが濃くながれていた。中にただ一人、それまで化石のように固まってしまっていた父圓太郎の顔の、いつしか桐庵先生の話|半《なかば》から生色を取り戻し、だんだんニコッと微笑みだし、いまや顔全体がだらしなく大満足に崩れてしまいそうになってきていることを何としよう。それ見ろそれ見ろ、だからこッとら[#「こッとら」
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