「……」
 圓太郎夫婦の、玄正の、期せずして六つの目が、桐庵先生の無精鬚だらけの塩鰤《しおぶり》をおもわせる顔の上へと集まった、紅か白粉かと胸|戦《おのの》かして最後の宣告を待つもののように。
「オイこの病人はな」
 世にも無雑作に先生は口を切った、皺枯れ声で。
 思わずハッと一同がみつめていた先生の顔を、さらにまた深くみつめ直すようにした。皆の胸がドキドキしてきた。
「死ぬよ、これは」
 そのときだった。世にも未練ない調子で、こう先生はいい放った。おお紅。南無三、紅が流れてきた……。
「とッとッと」
 ニヤリ先生は毛むくじゃらな手で遮って、
「気の早い人たちじゃな、もう少し聞かっしゃい話の先を。このままここでこの道に進ませておいたら間違いなく死ぬとこういうのじゃ」
 またニヤッと一同の顔を意味深げに見廻した。
「で……では……先生次郎吉は……何とか……何とかあの助かりますので」
 膝行《いざ》り寄るようにして義兄玄正が訊ねた。
「ウム」
 ガクリと大きく顎を揺って、
「助かる、たしかに」
 頼もしそうに先生はいった。
「お願いで、お願いでございます、どうか、どうか先生お助けなすって」
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