にようござりました」
 報せに駈けつけてきた玄正も幾度か他人事ならず嬉しそうにひとり肯いたりした。
 しっかりやっておくれ、兄《あに》さんも大へんにお喜びなのだから――間もなく母からは心をこめた激励の手紙さえ届けられてきた。さすがに次郎吉、うれしくないことはなかった。ばかりか、心が弾み立った。
 俺しっかりやる。
 たとえ雪ばかり描くんだって、兄弟子さんたち二人に、きっと負けないようやってみせら。
 キッと唇を噛みしめて、次郎吉は心に誓った。
 ……その日がきた。
 上からは照る、下からは蒸すとよく講釈師がいうような烈しいあぶらでり[#「あぶらでり」に傍点]。朝のうち、曇っていまにも降るかと見せたのがまたいつか雲が絶え、どうやら天気が持ち直してきた。で、いっそう暑さがしつこく[#「しつこく」に傍点]ジリジリしてきた。
 暑さで気が狂いそうだといって師匠の国芳は、朝から素ッ裸で冷やした焼酎ばかり傾けては、ボリボリ薄青い胡瓜を丸齧りにしていた。
 緊張していたから次郎吉は暑さも物皮《ももかわ》の意気込みだったが、うつむいて台所の脇の小部屋で絵の具を溶いていると、さすがにあとからあとから落ち
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